2019年4月21日日曜日

初夏のポラロイドはサブレのバターの香りがする


「ものすごく長い商店街があるんだよ」と先輩に言われたので少し興味が湧いたけれど、なかなか出かけられずにいた。意外と遠かったからだ。

正確には、乗換と迂回が大変そうだったから。直線距なら近い。どこを、どう通って行ったら良いのか判断に迷ってしまった。すると、

「京浜急行線で来れるよ。都営浅草線に乗り換えるの」

と言われた。とりあえず教わったルートで行動してみよう。教わった通りの駅名をメモして、余計なことは考えずに乗換して、指定の駅で下車。

駅の名は、戸越。

最近はテレビで何度も見かけているが、当時は知らなかった。戸越界隈に、自分の知り合いが20人近くも住んでいる。地元の同級生のつながりを除けば、限られたエリア内に知り合いが多数いるのだから、出かけない理由がない。本来ならば。ましてや、普段から一緒に行動を共にすることが多い人たちなので、なおさら。

「あ。来た来た。ね?すんなり来れたでしょ?」と先輩が駅の改札口で出迎えてくれた。
「はい」と答える。
「初めてだっけ?」と先輩の彼氏が訊く。
「はい。いつか来ようと思ってたんですが」
「きっと気に入るよ!」と先輩の彼氏が言う。
うん、たぶん、そう。いや、きっと、そう。気に入ると思う。
もっと早くに来れば良かったかな、と思いつつも、そう思うのは実際に到着したから。やはり初めて来るのは、気が重い。正直に言うと、泉岳寺駅で乗換しているとき、逃げ出したくなったほどだ。やっぱいいや、と引き返そうかと思ったくらいに。

地上に出ると、とても眩しい。今日は良い天気。それにしても眩しい。

「途中ちょっと寄り道していくけど、なにか欲しいものある?」と先輩に訊かれた。
「いちおう」と言いながら紙袋を見せて「こういうの持ってきました」と伝える。
「お。鳩サブレか。いいね。美味しそう」と先輩の彼氏が答える。
「名物なんだっけ?鳩サブレ」と先輩が言う。
「やっぱ鎌倉は鳩サブレだよ」と先輩の彼氏が言う。
「鳩サブレは鎌倉だけなの?」
「お。どうだろ。どうなんだい?」
「元祖は鎌倉です」
「元祖じゃないのも、あるん?」
「どうでしょ。ないかも」
「唯一無二じゃん」
「いちおう以前言われた通りに、缶ケース入りの選びました」と伝えると、
「やった。待ってたよ」と先輩が言う。
「缶?」
「そう。缶入りなんだって、あるんだって。前から欲しいなと思って言ってたんだよね」
「そうだったのか。そりゃあ悪いことしたかなあ、まあ代金ちゃんと払うからさ」と先輩の彼氏が言う。
しゃべりながら坂道を登っていくと、向こうから「よぉよぉよぉ」と言いながら知っている顔触れが近づいてきた。
「二人はともかくジローちゃん珍しいじゃん?」
「こんにちは。初めて来ました」
「でしょでしょでしょ!思った。今まで来たことなかったハズって」
「やっと来てくれたんだよね~」と先輩が言う。
「うちら、ちょっと商店街で買い物してくるから。そのあと合流しちゃおっかな?」
「来て来て来て。待ってる」
「じゃあ合流しちゃお」
「だったら揚げもんと練りもん買ってきてくれよ」
「たとえば?」
「あーと。あ、あれ。あれだ?深海魚のフライと」
「白身の魚?」
「そぅそぅそれ。あと、いわし。つみれと、梅シソ巻き」
「はいよ」
「たのんだよ」

先輩の部屋は、大通りの喧騒から離れた場所にあった。
「ここが私の部屋で、彼は隣だよ」
「そ。部屋は別々にしてるんだ」
「へえ。もったいなくないですか?家賃」
「最初そう思ったんだけどね、いやさ生活の時間ぜんぜん違うからさ、眠れないとヤバいでしょ。ここ部屋かなり狭いんだわさ」
「そうなんですか」
「そぅそぅ。じゃ、あがって」

広かった。うちよりも、ぜんぜん。


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